ドイツで広がる下層階級

 

 かつては裕福だったが、やがて失業して零落したドイツ人の知り合いから、「ホームレスになったので、なるべく早く50ユーロを、口座に振り込んでくれ」という悲痛な電子メールを受け取って、驚いたことがある。「酒を買うのには使わないでくれ」というメッセージとともに50ユーロを振り込んだが、その後何の音沙汰もない。

別のドイツ人は、アルコール依存症で、仕事もしないまま昼から飲酒にふけり、午前3時に騒音を立てて、近隣の住民の安眠を妨げ、多大な迷惑をかけている。回りの住民が働いて納める税金で、失業手当をもらって生きているというのに。

 こうしたドイツ人たちを見るにつけ、この国でも日本と同じように、富裕層と貧困層の間の格差が急速に広がりつつあることを感じる。そうした中、社会民主党(SPD)に近いフリードリヒ・エーベルト財団が、ドイツの「下流社会化」について研究したレポートが、注目を浴びている。この報告書によると、ドイツに住んでいる市民の8%が、失業などによって「最下層」(Unterschicht)に属している。旧東ドイツでは、その割合は20%に達する。彼らは、収入を増やす希望も失い、社会的な「麻痺状態」の中で暮らしている。

 ただし、国際機関などが使っている基準をあてはめると、この国では、毎月の純所得が938ユーロ(約14万円)よりも少ない市民が貧困層と規定される。ドイツで貧困層に属する人の割合は、13・5%であり、1998年の数字(12・1%)を上回っている。

 左派政党リンクス・パルタイやSPDの左派グループは、「シュレーダー前首相が、ハルツIV法によって、失業者への給付金を大幅に引き下げたことが、貧困層の拡大の原因だ」として、企業の競争力を強めるために、社会保障サービスを削減する政府の路線を批判している。

 メルケル首相は、「政府は、社会の格差の拡大を拱手傍観しません」と言うが、大連立政権は、年金削減や公的健康保険の改革などによって、シュレーダー政権の路線を踏襲している。したがって、大連立政権も持てる者と持たざる者の格差を広げる政策を取っていることを、忘れてはならない。ユーロ安定協定の財政赤字比率などの基準に違反しないためには、国の支出を減らすことが必要なので、財政出動によって社会保障サービスを手厚くすることは、できない。

 SPDのミュンテフェリング氏が、「これからは公的年金だけでは、生きていけない。宝くじを買うか、路上で音楽を演奏するべきだ」と言ったことに表れているように、国におんぶにだっこで暮らせる時代は、20世紀とともに終わりを告げたのだ。

 投資家に常に厳しく監視されている企業経営者は、これからも業績を改善し株価を高めるためには、人員整理をいとわないだろう。従業員を減らせば、人件費が減るので、ROE(自己資本利益率)が上昇するからだ。

 だが戦後半世紀にわたって、真綿にくるまれてきたドイツ人たちは、「国家依存症の甘い夢」から、やすやすとは覚めないだろう。米国とは異なる資本主義の道を歩んできたドイツでも、社会の所得格差が広がっていくのは、残念なことである。

 

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週刊ニュースダイジェスト 2006年10月27日